未定義の恋愛感情

投稿者: | 2022年5月9日

2年以上前だったと思うが、ある友人からのリプライで目にした「もう少し自分の感情に素直になっても良いのでは」という言葉が、今も思考の奥の方で渦巻き続けている。

いや、そんなことを言われるより前から、もう5年以上は “恋愛感情” に素直ではない日々を送ってきた。人々から幾度となく「好きだと思ったら好きなんじゃないの」と呆れられてもなお、”恋愛感情”の何たるかを確定しきれてはいない。

もちろん、こんなに長いあいだ未確定の状態を引きずってきたのにはそれなりの理由がある。ようやく、その理由が以下の2点に集約されそうだということが分かってきた。

まず、「この感情を恋愛感情と呼びます」と確定した瞬間に何が起きるかを考えよう。その瞬間、ぼくが当該感情を抱いていた相手は「恋愛感情を抱いていた相手」へと変質し、これまで null だった「恋愛感情を抱いていた人リスト」(もうすこし砕いた表現をすれば「好きだった人リスト」)に何名かが追加される。追加された人間の性格や容姿はどのようだろうか? 追加された人間の性別は自分の性別と異なるだろうか、同じだろうか?*1 これら一つ一つが自分の「恋愛指向(嗜好)*2」になる。すなわち恋愛感情を確定させる作業は、恋愛指向を確定させる作業にほぼ等しい重要度を持つと思っている。

ほとんどの人は恋愛を始める前から恋愛指向が確定しており、この作業はそもそも不要らしい。ぼくだって、リストに追加される人間の性別がすべて異性だったとしたら、何の迷いもなかったかもしれない。だがそうではなかったので、こんなに長い間迷い続けている。周囲の環境に適応する過程で異性愛正当主義をそれなりに強く内部化しているぼくにとって、自分の恋愛対象に同性が該当する可能性を真剣に検討するのは割と労力を要する作業である。そのついでに、まだまだぼくは自分の特異性を許せるほど既存の性規範から自由ではないのかもしれないという事実を突きつけられて、ますます胸が痛くなる。できれば、「恋愛感情? 分かりません」という状態でなあなあにしておいたほうが、色々と気が楽なのである。

もうひとつ、過去のどの記憶も、恋愛感情という言葉では表現できない(したくない)と思っている節は大きい。言語によって感情に名前をつけた瞬間、感情の中身はその名前のもつ一般的な意味へと矮小化されるきらいがある。たしかに小学生の頃から、世間一般で語られる恋愛感情にかなり近い感覚を他人に対して抱いた経験は何度もあった。だが、当該感情の延長に「付き合う」という概念が全く想起されなかった点で、恋愛感情に関する一般的なナラティヴとは決定的に相容れない部分がある。いわゆる恋バナの主な話題は誰が付き合いそうだとか別れたとかだと思うが、残念ながら交際関係に関する願望や知識欲は自分の話だろうが他人の話だろうが今も昔も一切存在しない。かつてはこれらの話題が耳に入ることを必死に避けていたほどで、その頃に比べれば今はだいぶましになったが、依然として「自分は相手と何をしてどんな感情になったか」以外の尺度で人間関係を測定できない。独り占めしたいとか守りたいとかってなんなんですかね知りませんよ。したがって、当時のあの感情を恋愛感情と安易に呼ぶのは一般的な意味との不一致が大きく、自他ともに誤解を招きかねないと考えている。

そもそも、「もしかするとあれは恋愛感情だったのか?」と初めて疑いを持ったのは、とある友人に対して「好き」以外の言葉で形容しえない異常な強度の悦楽を伴う感情が襲ってきた高3のときに、その友人に対する感覚が、かつて何度も経験した “仲の良い友人といる時の感覚”*3 に一致すると気付いたタイミングだった。逆に、そのことに気付くより前のあらゆる瞬間においては、当該感情を「好き」という言葉で形容したことはないし、したがって相手を「好きな人」だと認識したこともない。だから、色々と知ってしまった現在の知識を過去に適用して感情の名前を決めると、もっと純粋に “仲の良い友人” に対する楽しくてワクワクする日々を謳歌していた少年期の思い出が書き換わるような違和感を持ってしまうのだ。

ぼくは、クラスや部活など様々なコミュニティで知り合った友人らのうち何人かをいつの間にか “特別に仲の良い友人” と分類し、彼らに会い、彼らと話し、ふれあうことにささやかな幸福を感じながら十数年間生きてきた。この感覚を適切に表す語彙をぼくの貧弱な辞書から見つけることはできないが、言葉がなくても、いや言葉にしないからこそ、その感情は当時感じたままの形で脳裏に残り続けるのだと勝手に思っている。たとえその中身の大部分が世間一般の恋愛感情に等しいとしても、そう安易に名付けることにぼくは最大限慎重にならなければいけない。自分だけが経験した幸せだった日々を、他人の解釈で上書きしないために。それが他でもない「自分の感情に素直になること」だと現時点では認識している。

脚注

*1 性別を自分と異なるか同じかの2値で表すなという批判はごもっともであるが、現状ぼくが過去を振り替えるときには、当時認知していた性が2値でありそれ以外の分け方をする必要がないことからこのような表現としている

*2 指向・嗜好 本記事の中では、前者を身体的性別(sex)に関する選好、後者をそれ以外の俗に「タイプ」や「性癖」と表されるものに関する選好としている。ぼくは今後も基本的にこの使い分けを採用する予定である

*3 友人と書いたが、先輩も後輩も含まれる

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